女に囲まれて生きる

タイトル変えてみました。3姉妹の父となった三十路男。職場でも家庭でも常に女に囲まれている。

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オヤジのオペ

2006年1月18日 水曜日 天気は晴れ時々曇り

今日はオヤジのオペだった。
前日深夜、家族4人で実家に帰り、妹夫婦と話を少しして眠りについた。
いろんなイメージが頭に浮かんだ。

最近読んだ本は「東京タワー」リリー・フランキー。
ああいう一見ふざけた人だからこそ、かっこつけた所が無く、実に暖かく自分の家族を見守っている姿が涙を誘う本だ。人生の中で何を優先させるのか?そんなことも考えさせられた。
この本の中で主役となるのはリリーの母親、通称「おかん」なのだが、彼女の闘病生活のシーンは涙なしには読めないのだ。うちの嫁さんなどは、目を腫らしてよんでいたのだ。

うちの親父の場合も、最近「ガン」の告知をされたところだ。結構仕事も忙しく、簡単に「病人」になれる立場ではなかったが、とうとうつい先日覚悟を決めて入院することになった。そして、いくつかの検査・準備を終えてからのオペである。
もともと、自覚症状もなく、人間ドックの際に尿の潜血が認められたところから再検査となり、発覚した病気であるので、本人自体は至って元気である。
オペ前には前日から絶食しているため、また、朝からは飲み物も禁止さえrているため、のどが渇く・お腹がすく事の方がよっぽど気になっているようだった。
オペ前には覚悟を決め、全てを医師にゆだねるように体の力を抜けきっていたオヤジ。私と強すぎるでもなく弱すぎるでもなく普通の力で握手をして、看護師二人に連れて行かれた。3階の病室から2階の手術室へエレベーターに同乗し、見守っていったが、手術室の前で、看護師数名がここまでですというような合図をし私と母も一礼をして、後は医療スタッフに全てを任せtるしかないのだと、家族控え室に向かった。

オペは午後0時半からスタートして5時間程度の予定。
しばらくは時間をもてあますので、子供達を連れて実家にもどる。
4時半くらいになって病院に戻り、母と話をするが、まだ何の連絡もない。
病院の事務長や副看護師長が控え室にやってきては状況を説明してくれるのだが、彼らもはっきりしたことは分からない。
6時頃になってオヤジの兄弟・家族がほぼ勢揃いする。
なんといっても今死なれては困る人なのだ。

6時半過ぎになり、手術が終わったとの報告が。
しばらくして、医師より説明があるとのこと
私と母、そして遅れて妹が手術室に隣接する説明室のような所で手術の結果を説明される。あれだけの長時間の手術の後にこんな仕事まで残っているとは医師も大変な仕事であることだと感心する。
医師とテーブルを挟んで向かい合って座り、そのテーブルの上に摘出した臓器が置かれる。かなり大きな腎臓と尿管、付属リンパ節、膀胱の一部。
生々しい。
グロテスクな光景が目の前で繰り広げられる。

この医師は悪趣味なのか?もしくはあまりに実直で、家族の心情とかそういったものを考慮する術を知らないと見える。
「リンパ節の転移がありますから、予後はあまり良くないでしょう。進行ガンですね。」まあ、のっけからこのようなことをいうのだ。あまりにストレートな言いよう。容赦がない。
妹は先日メニエール氏病の診断を受け、めまいで倒れている。ちょっと待ってくれよ・・・
そして、腎臓を手袋をしながらつかんでは上下左右に動かし、「ああ、こちらが上ですね」「ここが腎盂です。」とかいいながらそのぶよぶよした塊を説明する。さらにトレーにのせては、今度はハサミで切開を入れ、内容物があふれ出す様を見せるのだ。チョキンチョキンとハサミが音を立てるたびに内容物の液が飛びはねるようだ。ある程度開いた後に中身を見せ、これが腫瘍ですねと説明を始める。妹にはこれ以上ここにいてもらう必要はないだろう。外で待っているように声をかける。
とにかく、腎臓の中にも、尿管の中にもリンパ節にも確かにガンが見られたようで、それらはひとかたまりではなく、所々で発生しているようだ。
このあたりに出来る腫瘍はまずいい物ではないとどんな本にも書いてあったが、やはりその通りだったようだ。
結局の所、転移の可能性は十分に考えられるわけで、抗ガン剤の治療は必須であろうというわけだ。

気休めになるようなことを一つも言ってくれる医者ではなかったが、「出血の量は100cc程度で、輸血もしておりません。手術としてはうまくいったと思います。」という事は言ってくれた。この辺をもう少し強調した方が患者の家族に評判がいいのではとつい思ってしまうのだが・・・

というわけで、オヤジの手術は無事終了し、麻酔から覚め集中治療室へ移ってから、僕の顔を見て何か酸素マスクの下から一言いった。僕ははっきりと聞き取れなかったけど、オヤジの無事は確認できた。その後はまた、いびきをかき出したので、僕としてはバイタルの数値をじっと眺めているくらいしかなかった。

夕食を食べ、8時すぎに僕たちは富山に向かって車を走らせた。
オヤジのこと、これからのこと。漠然とした話を嫁さんとしながら、寒空の下、車を走らせた。

 
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  1. 2006/01/18(水) 23:24:23|
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